プロローグ


< 境界の町に漂い、風景を読む>


福島県双葉郡富岡町。わたしたちは2020年の春先からこの地を訪れるようになった。

この町は避難指示による数年のブランクを経て、大規模な復興工事や除染作業による建物の解体が行われていた。昨日まで残されていた家屋であっても、10年目にして解体されていったものもあった。しかし、まだまだこれから解体は続くのだろう。同時に全くの更地、草の生い茂るグラウンドも、建物の基礎や土台だけを残した敷地も、半壊し朽ちていくにまかせる家屋、無傷の廃墟、真新しい集合住宅....といった歳月のグラデーションが、斑模様に見透せる空間となって広がっている。


福島県双葉郡富岡町は浜通り地方のほぼ中間地点に位置する。原発事故の影響で2017年まで、避難指示区域だった。福島第一原発から10キロ圏内である町の北東部、夜の森(*1)、小良ヶ浜地区は帰還困難区域に指定されていた。

富岡町には、福島第二原発が立地し、北側の隣町である大熊町には福島第一原発が立地する。第一・第二原発の中間に位置する富岡には、両原発から電力を供給して、首都圏に送電するための新福島変電所が存在する。その巨大さは、さながら阿武隈山地の裾野に聳える壮麗な城廓のように映るだろう。

そして浜通りを縦断する長大な防潮堤や火力発電所など、この地域には巨大な建造物がまさにその巨大性を誇示するように海や山に隣接している。茨城県日立市から続く常磐炭田の最北端は富岡町であった。常磐線の開通も、石炭の輸送経路の確保のためである。浜通りは近代以降、エネルギー産業と共に歩んで来たのだ。


「ここはどこだろうか/私はどこにいるのだろうか」人々の自己とその身体は、かつて分ちがたく結びついていたはずの土地と空間から隔てられ、遠近感を失っていく。自身が立っている場所の高低差、奥行き、広さもフィジカルにおぼつかない。日常が突如として切断され、廃頽し荒涼とした人家の風景と、撹拌され削られ無造作にむき出してある大地の断面、近接し対応するように盛られた巨大な構造物の連なり、切り土と盛り土の折り返し。これらの風景は”復興"の只中にあって、刻一刻と変化し、移ろい続けている。

人々の暮らしの風景・場所を<人境>とよぶことがある。それら人々の営みから生まれ、あるいは環境や歴史に起因する種々の垣根や敷居の痕跡を、わたしたちは追いかける。


さかのぼれば、この町は何度も「境界の地」となってきた。かつては標葉氏と楢葉氏(*2)の境界として。さらに南北朝時代以降は、岩城氏と相馬氏の境界として。ある時には中通り地方の勢力の侵入など、くり返し領土争いが行われ、境界線は揺らいできた。

江戸期に入ると、いわき平藩の北端となり、また棚倉藩や多古藩、仙台藩など、複数の藩の飛領として分割統治され、あるいは幕府の直轄地となるなどの変遷をたどり、統一性を欠いてきた。幕府の直轄地であったのは富岡をはじめ双葉郡広域にわたり、それは知行替えの為の予備地として残された空白地帯であったことを意味する。そして幕末には戊辰戦争の戦場ともなった。くり返し虚ろな大地を呼び込んで来たのだ。

「東北のチベット」や空洞の地とよばれた双葉郡地域を、岩城であり相馬でもあり、またどちらでもないアンビバレントな地、富岡町から眺めることで何が見えてくるだろうか。


時のあわれに、うつろいゆく風景や場所の趣は、この身の内奥にうつしだされる。空洞=<うつほ>の響きは、わたしたちの胸懐に染透し、ある情動を起こさせる。空洞の内側の時間的、空間的積層の襞を折り解くように、自らの身体を通して、それら風景を構成するものの中に潜り込んでみる。うつろい、漂流する風景に立ち、逍遙し、想像していく。土地はどう読まれ、どう上演されるだろうか。

 

*1)夜の森地区は2023年4月上旬、帰還困難区域の指定が解除される。

*2)標葉氏(しねは)と楢葉氏(ならは)の支配領域の範囲が、後に2つの「葉」の字にちなみ「双葉郡」となった。








アクセス

JR常磐線 富岡駅

(〒979-1121 福島県双葉郡富岡町仏浜釜田)



humunus

俳優の小山薫子とキヨスヨネスクによる演劇ユニット。2018年10月結成。

ランドスケープを「人と土地と物質、それぞれが映しあう空間」として位置づけ、人間と非人間、場所との関係性の中にドラマを見出し作品化する。その上で、ランドスケープを条件づけている種々の要素をいかに声-身体を通してうつしとることができるか、その方法化と実践を行う。屋内外問わず、固有の場所や空間を行き来し創作・上演を行う。2020年より福島県双葉郡富岡町に拠点をかまえ、フィールドワークと創作を行いながら、東京との2拠点で活動している。

主な作品に、ツアー演劇「うつほの襞/漂流の景」(2021-2022)、上演+展示企画「<砌と船>-うつつ、揺蕩い」(2022)、映像作品「荒川平井住宅」(2021)など。


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